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東京地方裁判所 昭和32年(行)60号 判決

原告 和洋商事株式会社

被告 京橋税務署長

主文

一、被告が原告に対し昭和三十一年十月二十四日なした原告の昭和三十年一月一日から同年六月三十日までの事業年度分の法人税の所得金額を三十九万三千六百円と更正した処分のうち十七万三千六百円を超過する部分はこれを取消す。

二、被告が原告に対し昭和三十一年十月二十四日なした原告の昭和三十年七月一日から同年十二月三十一日までの事業年度分の法人税の所得金額を二十八万四千円と更正した処分のうち五万八千百七十円を超過する部分はこれを取消す。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、原告の申立

主文同旨の判決を求める。

第二、被告の申立

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三、請求の原因

一、原告は米国の商社の代理として時計附属品、装飾品等の輸出を主たる業とする株式会社である。

二、原告は昭和三十年一月一日から同年六月三十日までの事業年度(以下昭和三十年度上期という)における法人税につき差引所得金額を十七万三千六百円同年七月一日から同年十二月三十一日までの事業年度(以下昭和三十年度下期という)における法人税につき差引所得金額を五万八千百七十円とそれぞれ確定申告したた。

三、被告は昭和三十一年十月二十四日昭和三十年度上期につき差引所得金額を三十九万三千六百円、昭和三十年度下期につき差引所得金額を二十八万四千円とそれぞれ更正し、その頃原告に通知した。

四、そこで原告は右各処分につき被告に対し再調査の請求をしたところ棄却されたので、昭和三十一年十月二十七日東京国税局長に対し審査の請求をしたところ東京国税局長は昭和三十二年五月六日付で右請求を棄却し、その頃原告に通知した。

五、しかしながら原告の昭和三十年上期及び下期の各差引所得金類は原告申告のとおりであつて、被告の各更正処分中右金額を超える部分は違法であるからその取消を求めるため本訴に及んだ。

第四、被告の答弁及び主張

(答弁)

請求の原因第一項の事実は認める。

同第二項の事実中昭和三十年下期の差引所得金額の点を除き認める。右金額は五万八千百円である。

同第三項は認める。

同第四項中、原告が再調査の請求をしたこと及び東京国税局長が審査請求を棄却したことは認める。右再調査の請求は法人税法第三十五条第三項第二号の規定により審査の請求とみなされたものである。

同第五項は争う。

(被告の主張)

一、原告会社の内容

原告は、青色申告書の提出を承認された法人であり、且つその発行済株式一千株のうち九百株を大内清外二名において有する法人税法第七条の二第一項第一号に該当する同族会社である。

二、本件更正処分の内容

(一) 原告の申告内容と本件更正処分の内容

(1) 上期(一月乃至六月)

科目         申告の内容額      被告の計算額

(イ) 原告計算の計上利益金  三十四万一千百五十五円  三十四万一千百五十五円

(ロ) 法人税還付加算金(加算)    四千三百二十円      四千三百二十円

(ハ) 原告計算による損金中被告否認の額(加算) 二十二万円

― 役員報酬の一部否認 ―

(ニ) 輸出所得の特別控除

(減算)            十七万一千七百八十二円  十七万一千七百八十二円

(ホ) 課税標準となる所得金額 十七万三千六百九十三円 三十九万三千六百九十三円

((イ)+(ロ)+(ハ)―(ニ))

(2) 下期(七月乃至十二月)

科目         申告の内容額      被告の計算額

(イ) 原告計算の計上利益金   二十五万二千六十七円   二十五万二千六十七円

(ロ) 原告計算による損金中被告の否認額(加算)

a 役員報酬の一部否認                       二十七万円

b 役員賞与                              一万円

(ハ) 輸出所得の特別控除

(減算)            十九万三千八百九十七円    二十四万八千六十円

(ニ) 課税標準となる所得金額    五万八千百七十円     二十八万四千七円

((イ)+(ロ)―(ハ))

本件更正処分を行つた理由

(1) 原告計算で損金とされたもののうち被告が否認したもの

(イ) 役員報酬

原告は、所得金額の計算上、代表取締役大内節子に対する役員報酬を損金に計上している。そしてその役員報酬の明細は、次のとおりである。

月別        月額     計

上期(一、二月)      五万円   十万円

同(三月乃至六月)   七万五千円  三十万円

計                  四十万円

下期(七月乃至十二月) 七万五千円 四十五万円

しかしながら、右大内節子に対する役員報酬は、原告と業種、業態、規模等の類似する他の法人の役員等の報酬等に比し、不当に多額であつて、大内節子が原告会社の業務に従事している状況等を勘案し月額三万円が妥当と認められる。よつて、これを超える金額、すなわち上期については、二十二万円、下期については、二十七万円を法人税法第三十一条の三の規定により否認し、原告計算の計上利益金に加算したのである。

(ロ) 役員賞与

原告会社が下期において損金に算入した取締役佐々木チヨに対する役員賞与は損金ではない。すなわち、役員賞与は、会社の業績に応じ、本来株主に帰すべき利益を株主の意思によつて役員に対し与えられる謝礼金であるから、利益金の処分となるものである。

(2) 輸出所得の特別控除について

(イ) 上期については、右大内節子に対する給与のうち、三万円を超える額を原告申告の当期利益金に加算しても輸出所得の特別控除額は、原告申告のとおりとなる。

(ロ) 下期について、輸出所得の特別控除を示せば、次のとおりである(昭和三十二年法律第二十六号による改正前の租税特別措置法第七条の七参照)。

申告額

被告の計算による額

(a) 法第七条の七第一項に掲げる取引に因る収入金額

二千四百八十万六千三十五円

二千四百十万六千三十五円

(b) 右金額の百分の一相当額

二十四万八千六十円

二十四万八千六十円

(c) 法第七条の七第一項に掲げる取引に係る所得金額

三十八万七千七百九十五円

六十六万七千七百九十五円

(d) 右金額の百分の八十相当額

十九万三千八百九十七円

五十三万四千二百三十六円

(三十一万二百三百三十六円)(註)

(e) 輸出所得の特別控除額―(b)と(d)の何れか少い金額―

十九万三千八百九十七円

二十四万八千六十円

(二十四万八千六十円)(註)

(註) 原告の申告による(d)の金額十九万三千八百九十七円は、(c)の金額の百分の五十として計算されている。しかし、(c)記載の申告額を前提とした場合の(d)の正当額は三十一万二百三十六円であるから原告の申告額を前提とした場合(e)の金額は、二十四万八千六十円である。

(3) 被告は、以上(1)・(2)に述べたところに従つて原告の所得金額を算出し、その算出額から百円未満の端数額を切捨てて(国庫出納金等端数計算法五条)、課税標準となる所得金額を算出し、本件更正処分を行つたのである。

従つて、本件更正処分には、何等違法の点はない。

第五、被告の主張に対する原告の答弁

一、第一項は認める。

第二項の(一)中原告の申告内容額は認めるがその余の事実は否認する。

同項の(二)の(1)のうち(イ)の代表取締役大内節子に対する役員報酬を被告主張どおり損金に計上していること及び(ロ)の役員賞与名義で昭和三十年下期に取締役佐々木チヨに対し被告主張のように支払つたことは認めるがその余の事実は否認する。

同項の(二)の(2)の輸出所得の特別控除についての計算方法及び(3)は争わない。

二、佐々木チヨは原告会社の業務の一部を担当している役員でありその業務上の対価として賞与名義で一万円を支給したもので実質上役員報酬の一部である。

第六、証拠〈省略〉

理由

一、(一) 請求の原因第一項の事実は当事者間に争がない。

(二) 同第二項の事実中昭和三十年下期の所得金額の原告申告額の点を除き当事者間に争がなく、成立につき争のない甲第四号証によれば右金額は五万八千百円であると認められる。

(三) 同第三項の事実は当事者間に争がない。

(四) 同第四項の事実中、原告が再調査の請求をしたこと及び東京国税局長が審査請求を棄却したことは当事者間に争がなく、証人簑輪恵一(第二回)によれば右再調査の請求は法人税法第三十五条第三項第二号の規定により審査の請求とみなされたものであることが認められる。

二、そこで被告の右各更正処分が違法かどうかにつき判断する。

(一)  被告の主張第一項の事実は当事者間に争がない。

(1)  昭和三十年上期分について

(イ) 原告計算の計上利益金が三十四万一千百五十五円であることは当事者間に争がない。

(ロ) 法人税還付加算金が四千三百二十円であることは当事者間に争がない。

(ハ) 原告計算による損金中被告否認の額について

(a) 原告が被告主張のように代表取締役大内節子に対し役員報酬を支払い、これを損金に計上していることは当事者間に争がない。

(b) 被告は原告が大内節子に対し支給した役員報酬は、原告と業種、業態、規模の類似する他の法人の役員報酬に比して不当に多額であつて、大内節子が原告会社の業務に従事している状況等を勘案し月額三万円が妥当と認められるから、右金額を超える金額は法人税法第三十一条の三の規定により否認さるべきであると主張する。法人税法第三十一条の三のいわゆる同族会社の行為計算否認の規定は、同族会社のように同族関係者によつて経営の支配権が確立されているところでは、課税負担を回避することができる行為計算を容易に選択しうるのに反し、非同族会社においては社員の利害の調整が困難なためそれが容易になしえないような事態を考慮し、両者の課税負担の公平を期するため、同族会社であるが故に課税負担を免れるような行為計算を容易に選ぶことができたと認められる場合には、その行為計算にかゝわらず、もしその行為計算を選ぶことが困難であるとしたならばそれと同一の経済的効果を達するために通常採用されるであろうところの行為計算にしたがつて課税標準を定めんとするところにあると解すべきである。

ところで、私法上株式会社における取締役の報酬の額は、定款に定めのない限り株主総会において自由にこれを決しうるものであるが、取締役の報酬は株式会社の計算上は損金として計上され、報酬を増加させれば損金が増し利益金が減少して株主の利害と衝突するから、一般に非同族会社においては株主の利益追求上取締役の報酬額はおのずから一定の適正額にならざるをえないものであるがこれに反し同族会社のように同族関係者が大部分の株式を所有し、その経営支配権を確立し、取締役を兼ねているようなところでは、取締役に多額の報酬を支払い(株主である取締役にとつては役員報酬として支払を受けても利益の配当を受けたのと同一の経済的効果をおさめうる)これを損金に計上して不当に租税の負担を免がれることが容易であることを考慮すると、同族会社がその取締役に支給した報酬の額が、その同族会社と業種、業態、規模、業績等の類似する一般非同族会社が右同族会社の取締役と地位、経験、能力、勤務の状況等の類似する取締役に対し通常支給する報酬の額に比較して多額であると認められる場合は(私法上の効果はそのまゝとして、法人税に関する計算の上において)その多額であると認められる金額については法人税法第三十一条の三の規定を適用して、適正額に引直して当該同族会社の所得金額又は法人税額を計算できるものと解するのが相当である。

そこで本件についてこれをみると、証人簑輪恵一の証言(第一回)により成立を認める乙第八号証によれば、昭和三十年度における資本金百万円以下の会社の役員の年間平均俸給は二十六万六千円、資本金二百万円以下の会社における役員の年間平均俸給は二十九万三千七百円であり、また証人簑輪恵一の証言(第一回)により成立を認める乙第一ないし第七号証によれば、原告と業種、業態、規模のかなり類似した五法人における役員の平均報酬額が月額三万八千百八十七円であることが認められ、原告が大内節子に支給した報酬の額は前記平均額を超えているし、また証人江坂幸雄同簑輪恵一の各証言によると大内節子は原告会社の代表者大内清の妻であつて原告会社の取締役となつているけれども会社に常勤するものではなく、自宅において主として海外から原告会社にくる文書の授受、来客の招待をやつているにすぎないことが認められ、以上の点を考慮すると被告が右大内節子の報酬を否認の対象としてとり上げたことは一応もつともであると考えられる。しかしながら前記一般民間会社の役員の平均俸給額は原告会社と業種、業積の等しくない会社を含んでいる点において直にそれから適正額を認定することは妥当でないし、また前記五法人の役員の平均報酬額も平均値を出す際の法人数のとり方が少なすぎるきらいがあり(特に右五法人中には同族会社が含まれているけれども、法人税法第三十一条の三の立法趣旨が同族会社なるが故に行われやすい行為計算を否認することを目的とするものであることを考慮すると適正額の認定に供すべき法人としては非同族会社の方がより適切であると考えられる。もつとも同族会社であつてもすべての会社が課税の負担を免れる行為計算を行つているわけではないと考えられるから、同族会社においても役員の報酬額はこの程度であるということを示すものとして無意味ではないが)、右平均報酬額から直に適正額を算定することも妥当ではないし、本件にあらはれた全証拠をもつてしても適正額を認めるには不十分である。

そうすると原告が大内節子に対し支給した報酬の額のうち何程が適正額を超える過大なものであるかどうか確定することができないから被告のなした大内節子に支給された報酬の否認は正当とはいえない。

(ニ) 輸出所得の特別控除が十七万一千七百八十二円であることは当事者間に争がない。

(ホ) 課税標準となる所得金額が十七万三千六百円(国庫出納金等端数計算法第五条により百円未満の端数切捨)となることは計数上明らかである。((イ)十(ロ)―(ニ))

そうすると昭和三十年上期の法人税につき所得金額を三十九万三千六百円と更正した処分のうち十七万三千六百円を超過する部分は違法である。

(2)  昭和三十年下期分について

(イ) 原告計算の計上利益金が二十五万二千六十七円であることは当事者間に争がない。

(ロ) 原告計算による損金中被告の否認額について

(a) 役員報酬の一部否認について

原告が被告主張のように大内節子に対し報酬を支払い、これを損金に計上していることは当事者間に争がないが、昭和三十年上期分について説明したところと同一の理由により右報酬を否認した被告の行為は正当でない。

(b) 役員賞与の否認について

原告が昭和三十年度下期において取締役佐々木チヨに対し賞与名義で一万円を支給したことは当事者間に争がない。原告は、佐々木チヨは原告会社の業務の一部を担当している役員であり、右金員はその業務上の対価として支払われたもので、実質上役員報酬の一部であると主張するけれども、成立につき争のない乙第九、第十号証によれば佐々木チヨは原告会社の業務を担当していないものと認められ、右認定に反する原告代表者本人尋問の結果は信用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はないから、右金員は役員賞与として支払われたものと認めるべきである。

ところで役員賞与は、会社の業績に応じ、本来株主に帰すべき利益を株主の意思により、役員に与えられる謝礼金であるから、利益処分の性質を有するものであつてこれを損金に計上することは許されないと解すべきである。

したがつて佐々木チヨに対し役員賞与として一万円を支給しこれを損金に計上した原告の計算を否認した被告の行為は正当である。

(ハ) 輸出所得の特別控除額

佐々木チヨに対する役員賞与一万円を原告申告の当期利益金に加算しても輸出所得の特別控訴額が二十四万八千六十円となることは計算上明らかである。

(a) 法第七条の七第一項に掲げる取引に因る収入金額 二千四百八十万六千三十五円

(b) 右金額の百分の一相当額 二十四万八千六十円

(c) 法第七条の七第一項に掲げる取引に係る所得金額 三十九万七千七百九十五円

(d) 右金額の百分の八十相当額 三十一万八千二百三十六円

(e) 輸出所得の特別控除額((b)と(d)のいずれか少い金額) 二十四万八千六十円

(ニ) 課税標準となる所得金額が一万四千七円となることは計算上明らかである。((イ)+(ロ)(b)―(ニ))

そうすると昭和三十年下期の法人税につき所得金額を二十八万四千円と更正した処分のうち一万四千七円を超過する部分は違法である。

三、よつて、昭和三十年度上期の法人税の所得金額を三十九万三千六百円とした被告の更正処分中十七万三千六百円を超過する部分の取消及び昭和三十年度下期の法人税の所得金額を二十八万四千円とした被告の更正処分中五万八千百七十円を超える限度においてその取消を求める原告の各請求は理由があるからこれを認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 越山安久)

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